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【当社の歴史】

岩手開発鉄道㈱社屋  当社は沿線の開発振興のために大船渡市の盛駅から遠野市の平倉駅までの29kmを結ぶことを目的として、昭和14年(1939年)8月17日に設立された、岩手県、沿線市町村、民間による第三セクターの鉄道会社でした。大船渡市の盛駅と日頃市駅を結んだ段階で戦争のため工事は一時中断し、戦後、小野田セメント社が日頃市駅から長岩鉱山元の岩手石橋駅までと盛駅から赤崎のセメント工場までの両方向への延伸を行い、総延長11.5kmの鉄道としてセメント原料である石灰石の運搬事業を開始しました。
 現在までに運搬した石灰石の総量は、およそ1億5千万tです。最盛期は一日24往復しておりましたが、最近は一日13往復(1編成は35t積貨車18両)約8千tの石灰石をセメント工場まで運搬しています。

【当社の思い】

 当社も2011年3月11日の東日本大震災の津波により赤崎方面は大きな被害を受けました。そして、8ヶ月後の11月14日には早くも全線復旧し、セメント工場の瓦礫焼却や大船渡市内の瓦礫処理への一助を成し遂げました。この早い復旧には、太平洋セメント社及び同グループ関係各社、沿線住民、大船渡市、関係金融機関等々のご支援とご声援並びに従業員の努力と頑張りのお蔭であることを深く感謝申し上げます。当社は、この経験を糧とし久しく伝えていこうと考えます。
 また、安全は従業員のみならず沿線住民の皆さんをはじめ広く鉄道に関わる方々のためのものであると考えております。ですから当社は、鉄道に関わる全ての皆様の安全と安心を得るべく、安全管理・運行管理や設備の保全に努力しているほか、環境に配慮した運行や修繕も行っております。しかし、鉄道の安全は当社だけで守れるものではありません。沿線の皆さんのご協力があって初めて守れるのです。皆様には、踏切は決して無理して渡らず、左右をよく見て渡っていただきますようお願い申し上げます。

【我々の誇り】

 東日本大震災のときに、全てを押し流す津波の中でコンクリート造りのビルや橋りょうが屹立していたことを記憶している人は多いと思います。これは、心痛む映像ではありますが、私たちが運搬する石灰石がセメントとなりコンクリートとなって、防波堤、橋りょう、ビルとして巨大地震と津波に抵抗を示した数少ない人工物であることを、そして日本国民の生活と経済を支える基盤となり、生命と財産を守る一助となっていることを示した、強く心に残る映像でもありました。石灰石の鉄道輸送という縁の下で、皆様の生活や日本の産業の支えとなり、命や財産を守り、そして次世代につなげてゆける仕事に携わっていることを、私たちは誇りとしています。


                                  代表取締役社長  堂 本 昭 彦

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